帰国から一週間。
司は新しい秘書西田と一緒に重要な取引先に挨拶回りをしていた。
業務提携を結ぶ取引先は無下にはできない。
4月1日付けで日本支社トップの副社長に就任、来週に就任式が開かれる。
大規模な就任式とパーティーでは、長時間の会話を確保できない。
司は気怠そうにしながらも、挨拶回りをしていた。
時刻は12時半。
司を乗せた車は英徳学園の門を通過した。
資料を目にしながらも勘の鋭い司はつくしの気配を感じ、頭を上げた。
見えた景色は4年前通った英徳学園。
「西田、英徳に何の用だ?」
「牧野様と合流して、この後昼食です。」
「今までそんな配慮はなかっただろ?」
「はい。今日はぜひ牧野様もご一緒にとのことで、本日から大学が始まる牧野様にご無理を言って講義時間を変更してもらいました。」
「牧野も知る重要な取引先か?」
「いえ、個人的なお知り合いですね。行けばわかります。」
「個人的?まさか、牧野の浮気相手か?」
「司様、お言葉ですが牧野様はそんな器用な方でないことはご存じじゃないんですか?
疑うのは自由ですが、言葉をお選びください。いつかその嫉妬心で足元すくわれますよ。」
「・・・・じゃあ、誰だよ。」
「天草さんですよ。」
「天草?」
「お忘れですか?」
「忘れるわけねーだろ。なんで天草のところに行くんだ?」
「司様の帰国後、邸に連絡があったようです。ぜひ寿司を食べに来てくれと。」
「ふ~ん。」
アイツの寿司は渡米前に一度食べた。
忘れもしない記者会見の日。
牧野が熱出してまたもや寸止めを食らった日でもある。
司は英徳の高等部の校舎を見た。
約5年前牧野に会った場所。
暇つぶしに通う学校。
赤札で遊んだ日々。
全てがどうでも良かった学園生活。
その中で見つけた希望の光。
追いかけて、追いかけて、何度か諦めたこともあった。
どうしても消えない想いに、人生で一番バカなことをした。
なぜ牧野なのか考えたが、行き届いた結論は・・・・牧野だから。
牧野以外ありえない。
金や権力に何の興味もない牧野。
一人の人間として、一人の男として俺を見てくれたのは牧野だけだった。
幼稚部から通った英徳、高校最後の年が一番充実していた気がした。
俺の人生は牧野と出会って始まり、これからも牧野と共に歩む人生でありたい。
司とつくしの原点に司は遠い日の記憶が蘇り、改めてつくしを大切に思う。
つくしと合流した司は天草の働く寿司屋へと来た。
寿司屋は定休日と言うこともあり、貸し切りだった。
相変わらずな天草。
つくしは嬉しそうに天草との再会を喜んだ。
すり屋の大将の孫が店に顔をだし、つくしは大将の孫と遊んだ。
席に座り、休む司。
西田は気をきかせて、1時間後迎えに来ると言い、SPを引き連れ別な場所に昼食に向かった。
「俺の握った寿司はどうだった?」
新しいお茶を出しながら天草が司に尋ねた。
「うめーわ。4年前の普通に旨かったが、さらにうまくなった気もする。」
「だろ?おめーがNYで頑張っている中、俺は大将の下で修行して学んでたんだよ。」
「この腕前なら店だせんだろ?」
「あぁ、店の場所探しをこれからするところだ。数か月でこの店を出る。
オープンしたらまた食いに来いよ。出る前に俺の修行の成果をおめーにも食べてもらいたくてよ。」
「おめーはこっちの世界が合ってるな。」
「寿司屋が今の俺の夢だからな。おめーの夢って何なんだ?」
「牧野そのものだな。」
「ほー、いい男はいう事が違うねぇ。でも、お前が4年で本当に帰って来るとは思わなかったぜ。」
「俺も行ってからの1年は正直4年では無理だと思った。だが、有能な秘書のおかげなんだろうな。
4年で何とか帰って来た。」
司は天草に本音を漏らした。
「恩返しって言うからよ、どうなるかと思ってた。だが、あの時泣かせんなよって言った俺に、お前は俺に言われる筋合いはねぇっていったろ?
本当にお前がつくしの元に帰って来るか確かめたかった。」
その言葉に鼻で笑う司。
「店に週刊誌をおくだろ?お前のゴシップ記事は何度か見た。
そのあと、マーキーって謎の美女が出てきてつくしだとわかったよ。
おめーの顔がちげぇしよ。安心した。」
「俺は牧野以外ありえねぇーよ。」
「だろうな、それ聞いて安心したぜ。相変わらずつくしは一生懸命なんだろ?」
天草は大将の孫と遊ぶつくしを見た。
「あぁ、大学通いながら道明寺で働いてる。自分で俺の会社に宣戦布告してきたぜ?」
司もまたつくしを見て話す。
「くくく、さすがだな。」
「おめーはどうなんだ?栗巻だっけ?」
「どうもなんねーよ。今は寿司屋のことでいっぱいだ。
店持って稼げるようになったらあや乃の気持ちに応えようかとは思うが、こればっかりはどうもな。」
「てめーまだ牧野に惚れてんのか?」
司の額に青筋が浮かぶ。
「つくし以上の女はいねーだろ?だが、もう恋愛感情はねーよ。」
呆れながら話す天草。
司の表情は安堵していた。
「そうか。」
「まぁ、つくしに出会って俺の人生は変わった。それの恩は今でもある。
これから先もつくしになんかあったら手助けしてやりてーとは思う。
でもそれはお前の役割だろ?泣かせんなよ。」
「泣かせねーよ。」
天草と司は目を合わせ笑った。
ライバルだった相手が互いに成長した4年。
二人の間には幼い頃からの親友で悪友の3人とは違う感情があった。
表舞台で自分の宿命に立ち向かい、誰にも文句を言わせないようにNYで頑張った司。
政治家の息子という立場で違和感があり、一般市民として生きたいと思った天草。
どちらも同じ女を好きになり、自分の人生をかけて手に入れたいと思った女。
二人の男に芽生えた友情とは違う感情。
18歳の彼らに牧野つくしとの出会いは、運命を変える出会いだった。
数か月後、天草は自分で店をオープンさせる。
司は再びつくしと寿司を食べに行く。
その後、仲間達が常連となっていく。
天草の人柄と4年の修行の成果が出された腕前で店は繁盛する。
変わらぬ愛で天草の頑張りを見守っていた栗巻あや乃。
この二人が結婚するのは、しばらく後の事。
二人が結ばれるとき、司は天草の結婚式でスピーチする。
ライバルの意味。
互いに相手の力量を認め合った競争相手。好敵手。
類とは違うライバル心が司の心へ刻み込まれた殴り合い。
勝ったのは司だった。
しかし、天草は得たものが多かったのだ。
遠い記憶のように感じる二人の思い出。
4年前渡米の前に食べた寿司の味。
約束を守り、つくしの元へ帰って来てから食べた今日の寿司の味。
どちらも美味しいが、今日の方が何倍も美味しい寿司だった。
4年前と天草の腕前も違うが、一番の美味しい理由は約束通りつくしの元へ帰って来たことだろう。
司は、今日の寿司の味を人生で感じた美味しい食事の記憶としてカウントした。
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