予定日当日の朝、夫が出社する前に、陣痛の初期症状が起こった
慌てる夫を見て、妻は落ち着いてタマに家族への連絡を頼んだ
夫は仕事をキャンセルし、病院へと向かう
微弱陣痛が来るたび夫は運転手に「早くしろっ。ここで産まれちまうぞ」と声を荒げていた
数年前の交通事故から 誰よりも安全第一の夫が動揺していることがわかる
「もう少し 落ち着いて。
まだ、陣痛始まったばかりだから」
妻は夫の手を握り、言い聞かせていた
通常では初期陣痛の段階で時間を計ってから病院にやって来るのが普通だが、つくしは二年前の事故の件もあり担当医は陣痛がきたら病院に来るように説明していた。
また予定日2日過ぎるようなら入院する手筈になっていた
病院に到着すると個室に通され陣痛に耐える妻
夫は妻の手を握り、少しずつ落ち着きを取り戻し励ましていた
「俺が変わってやりてぇけど、こればっかりはごめんな。」
痛みに耐えながら、首を横に振るつくし。
痛みが治まると、水分補給をし部屋に備え付けられたテレビで気分を紛らわせていた
20分間隔、10分間隔の陣痛から、5分間隔の陣痛になると分娩台へ移動
夫は妻を抱きかかえて車いすに乗せる
夫が車椅子を押して移動した
「旦那さんはこちらでご準備をしてお待ちください。」
看護師の言葉に、身を切るような思いで妻のそばを離れる夫
夫は立ち会い出産を強く望んだ
仲間内で、立ち会い中に血を見て倒れるか倒れないかと 賭けをされていることを夫は知らない
立ち会いの準備をした夫は妻が陣痛に耐えている分娩台の右側に立つ
左には点滴があるからだ
万が一に備えて、点滴をすることは事前に伝えられている
夫は妻の手を握り、息む妻を励ます
「お母さん、上手よー。赤ちゃんも頑張ってるからねー。」
「もうすぐ会えるわよー」
助産師の言葉に 妻は夫の手に爪を食い込ませながら強く頷く
数十分の出来事が夫には何時間にも思えた
「ふぎゃぁぁぁ ふぎゃぁぁぁ」
分娩室に響く我が子の泣き声
力強い泣き声に、握られていたつくしの手から力が抜ける
助産師が布に包まれた我が子をつくしと俺に見せる
「お父さん、お母さん 元気な男の子ですよ」
助産師の言葉につくしの目から涙が溢れていた
「お父さん、これから大仕事ですね。こちらへ。」
握っていた手を解き、俺はつくしと我が子の前に立つ
看護師から渡された手袋をはめ、ハサミを手にした
ハサミを入れる場所
血をみた瞬間、フラつきながらも 踏ん張り我が子とつくしを繋ぐ臍帯にハサミを入れた
力強く泣く息子
俺はこの子の父親になったんだ
「お母さんはこれから処置があるのでお父さんはこちらで、赤ちゃん見ていてね。」
と言われ、我が子が体重計に乗せられお湯で体が綺麗にされる姿をただ見ていた
ハサミを入れた感触のある手と自分と血を繋ぐ我が子を交互に見た
俺は本当に父親になったんだとボーッとした頭で思った
いつの間にかつくしの側に座ってて自分の腕の中に我が子を抱いていた
「泣き虫だねぇ パパは。」
涙を流し、笑いながらつくしは右手を俺の頬に伸ばし親指で触れた
涙が流れていることに 初めて気づいた
涙を拭うつくしの手が優しく、俺はそれに涙が出る
「ありがとう。」
「ありがとう。」
俺はその言葉以外思いつかなかった
命がけで産んでくれてありがとう
産まれてきてくれてありがとう
父親にしてくれてありがとう
幸せにしてくれてありがとう
俺は何度もありがとうとだけ壊れたように繰り返す
つくしは俺を見て 小さく笑った
俺の手からつくしの腕へ そっと我が子を寄せる
我が子を優しく抱くつくし
「つかさ… 幸せだねぇ」
つくしの言葉に 俺はまた涙を流しながら頷いた
「ふふふっ」
つくしはまた小さく笑った
我が子を抱き、微笑むつくしの顔が美しいと思った
- 関連記事
-
スポンサーサイト