ドタバタと騒がしい廊下の音が妻の耳へと聞こえる
妻のそばにいたタマはやれやれとため息をこぼし、主が扉をあける前に二人は耳を塞いだ
思いっきりドアを蹴破るような音が部屋に響く
その音に無意識に体に力が入る
「うっうっ産まれそうか?」
額に汗をにじませ、肩で息をした主は妻のベッドにやってきて、妻とお腹を交互に見た
「おかえり、司。お腹が張っただけで、まだ陣痛じゃない。」
妻は苦笑しながら、夫の手を握った。
「そっ そうか。よかった。」
息をととのえる夫
「つくしが一人で苦しんでると思ったら居ても立っても居られなくて。」
夫は妻の手を包み込むように握り返す。
仕事の合間に近況報告を聞きたがる夫は、妻のメールを随時チェック
夕方お腹が少し張ったので休んでいる。
心配はしないで。と妻のメールを見るや否や仕事を切り上げ帰って来たのだ。
その行動は今回で三度目である。
妻がつわりで苦しんでいるときは、なぜか夫もつわりの症状が現れ、妻は3キロ、夫は8キロ体重が減った。
社内では夫の重病説まで流れる始末
仲間内で集まった時には、痩せたのを心配した仲間が夫に痩せた理由を聞くと
「つわりがうつった」
と話したようで
「うつらねーよ。」
と妻よりも痩せた夫に
仲間たちはお腹を抱え笑ったのは記憶に新しい
その後、妻と夫は体重が戻ったが、妻が食べつわりになると夫も同じ症状が現れた
タマは主の行動に呆れながらも、微笑ましく思っていた。
タマの記憶に刻まれる優しい思い出だ
「坊ちゃん手を洗いになって着替えてください。夕飯はこちらに二人分お持ちしましょう。」
タマはそう言って部屋を出て行った。
部屋に備え付けの洗面台で手を洗う夫。
うがいももちろん忘れずに行った
妻が妊娠初期に風邪をひき、それ以来夫は徹底的に菌の勉強をしたのだ
もちろん、パソコンの検索欄の 妊娠 菌 と打ち込んだようで、【妊婦のお腹に触るともらう】【カレーを食べる】【オ●●ミンCを飲む】など様々な妊娠と菌にまつわるものがヒットし、夫は理解し切れていなかったのだ
その為、妻はかみ砕いて説明する羽目になったのは言うまでもない。
夫は手を洗うと、ハーブティーを妻の為に淹れた。
妻が妊娠してから、夫は妻の為に甲斐甲斐しく世話を焼き、妻の行動を監視しては過剰に反応し過保護になっていた。
夫の昔を知るものは皆が驚き、そして笑う。
楓も呆れるほどであった。
「誰に似たのかしら?」と楓は来年度事案を考えるより、頭を働かせた。
夫の人間らしい一面に、柔らかに微笑む妻
この物語は そんな二人のおはなしだ
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