タマは受話器をとり、慣れた手つきでボタンを押した。
「こんばんは。道明寺の者ですが。」
「お久しぶりです。無理は承知でお願いがあって。あんこを5コクリームを5コ夜の9時に焼いてもらうことはできませんか?」
「ありがとうございます。すみませんがよろしくおねがいします。」
「えぇ、私がとりに伺いますので。」
「はい、お手数をおかけしますが宜しくお願いします。」
タマは受話器の向こうの相手が見えるわけではないのに、深々と頭を下げた。
***
「こんばんは。」
「タマさんいらっしゃい。」
世田谷区役所の近くにある、老舗のたい焼き屋
創業80年のたい焼き屋は道明寺の使用人頭タマにとってはなじみの店だった。
「無理なお願いをいってすみません。」
店主にタマは深々と頭を下げた。
「いえいえ、今焼いたばかりですから熱いですよ。」
「ありがとうございます。」
お金を払い頼んでいたたい焼きを受け取るタマ。
「毎月1~2回これからお願いしてもいいですか?代金は倍の値段でも構いませんので。」
「タマさんの頼みなら、俺はやりますよ。死んだ親父も喜びますから。」
店主は微笑んで答えた。
他人行儀だったタマが、その微笑みに懐かしさを感じ、いつもの口調に戻った。
「すまないねぇ。」
「そのかわり、また邸に人が戻ったら買ってくださいよ。」
「もちろんさ、使用人の休憩時間にはここのたい焼きが一番だからねっ」
「嬉しいねぇ。また来てください。」
店主は笑い、タマを見送った。
老舗のたい焼き屋は、道明寺家に仕えたタマが月に3度、この店のたい焼きを休憩するものに茶菓子として用意していた。
毎日30名が常駐していた邸の使用人と執事。
現在は自分と警備の人のみだが、あと1年もすれば邸に人が戻ることはタマも予期していた。
その時また、茶菓子としてこの店のたい焼きをみんなで食べる日が来るだろう。
タマは、たい焼きを片手でもち杖をついてタクシーに乗り込んだ。
向かう先はつくしのマンション。
マンションのエントランスでインターフォンを押す。
数秒後聞きなれた声が聞えた。
「今開けますね。」
「こんな時間に悪いね。」
「いえ。」
数回の施錠を解いてもらいエレベータに乗りつくしの住む階で降りた。
玄関のところでつくしがタマを待っていた。
「タマさんどうしたんですか?こんな時間に荷物を持って。」
「家出に見えるかい?」
笑って答えるタマ。
「クスッ見えません。」
「なじみの店のたい焼きをあんたに食べさせたくてね。」
「えっ」
「夜中に食ってもあんたは気にしないだろ?」
「食べたいと思っていたところでした。」
「なら良かった。」
つくしはタマの荷物をもち出迎えた。
「今緑茶入れますね。」
「ありがとね。」
杖を置き、タマが椅子に腰かけた。
お茶を出すつくし。
タマは紙袋からたい焼きをだした。
「温かいうちに食べようか。」
「はい。こんな時間までたい焼き屋さんやっているんですか?」
「なじみの店でね、無理言って作ってもらったんだよ。どうだい仕事の方は?」
「人の名前を覚えるのが大変です。昨日社長が花言葉で覚えているって三納さんに聞いて、私もそうしようかと思っていました。」
「花言葉ねぇ、懐かしいね。奥様は昔からお花が好きだったね。」
懐かしい話や、当たりさわりのない話をして、タマはつくしの顔をみて微笑んでいた。
この子も今が頑張り処。
私にしてあげることは、話を聞いてあげることだけ。
タマは、たい焼き食べ終え、残ったたい焼きは冷凍して食べたいときに食べるように話した。
タクシーをつくしに呼んでもらい、つくしの部屋を後にした。
エレベーターまで送ってもらいエントランスを出て、タクシーが待つところまで歩くタマ。
タクシーに乗り込む前に振り返り、高層マンションを見上げた。
「つくし、頑張りなよっ」
タマは待っていたタクシーに乗り込み、邸に戻った。
孫の様に可愛いつくしの頑張る姿を知っているタマは月に1~2度つくしのマンションを訪れつくしを支えた。
タマの想いがつまった美味しいたい焼きを食べるつくしは、いつか帰国する司とこのたい焼きを食べようと思っていた。
甘いのが苦手な奴だ。
文句を言って食べないだろう。
だけど、この温かい味を司にも味あわせてあげたいと思った。
お好み焼きとは違う庶民の味。
薄皮にあんこがびっしりとつまった たい焼き。
あんことクリーム、二つのたい焼きを司とつくしが半分にして食べるのは遠くない未来。
それは世田谷区役所の前で二人が笑う日。
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