
『拍手御礼小話』
~ 愛してる ~
牧野がベランダに出て行ったきり戻ってこない。
「牧野?」
返事がない。
ゆっくりと立ち上がってベランダに向かう。
「?」
牧野は本を片手にブツブツ言いながら手を動かしていた。
「何やってんだ?」
「うわっ びっくりしたっ。」
すげぇー驚く牧野。
近づいて持っている本をチラッと見たら初めての手話と書かれた本を持っていた
「なんか、恥ずかしくてここでやってた。」
へへへっっと笑う牧野。
勉強熱心で俺が休みの日でも、頭の片隅には仕事のことがある。
そして大学に行く牧野は俺より忙しい気がする。
「手話覚えて誰かと話すのか?」
「えっうん。昨日ね、メープルに耳の不自由な人が来て、筆談で話したんだけど。
なんかそれをしていたら、手話でも覚えてみようかと思ってさ。
大学の帰りに本屋に行って買っちゃった。」
「ふーん、中でやればいいだろ?」
「そうなんだけど、なんか恥ずかしかったから。」
「俺が見てやるよ。」
「えっいいよ。どうなるかわからないし。」
「客に快適なサービスを提供するホテルで手話を出来る人がいればいいなって思ったんだろ?」
「ううん。まぁそうなんだけどさ・・・・。」
「一緒にやれば案外早く覚えるかもしれねぇじゃん。」
「えっ道明寺も覚えてくれるの?」
「あぁ、俺やお前が、耳が遠くなって聞こえなくなってもお前と会話してぇしな。」
「クスッそれって老後の話?」
「おう、まぁお前の声ならずっと聞こえるだろうけどな。」
ポンポンと頭を触り、司はつくしを部屋に入れた。
ソファに座り、司が本を持つ。
「どれを覚えたんだ?」
「えっこんにちはとかまだ挨拶だけだよ。」
確かに挨拶の欄に付箋が貼ってあった。
「こんにちは。」
指をピースにして鼻の上に持っていき、その後両手で鍵みたいにしていた。
「ふーん。」
ページをめくるといいのを発見。
「牧野これも良く使うみたいだぞ?」
「なに?」
本を見られそうになったので閉じる。
「簡単なあいさつだ。俺が教えてやる。手の平を正面に向けて、小指だけ立たせる。」
「こう?」
小指を立てる牧野。
「おう。そのあと手で、アルファベットのLをつくる。」
「こう?」
俺の言う通りに従う牧野にニヤけそうになる。
「そうだ。で、最後の親指と小指だけ立たせる。」
「こう?」
「おう。今の続けてやってみろ。」
「ん?こう?」
意味の解る俺には嬉しい動作。
ニヤけそうになる必死で耐える。
「おう。だけどな、こうやれば、一度で伝わるあいさつだ。」
牧野に向けて親指、人差し指、小指を立てて見せた。
「お前もやってみろ。」
「ん?こう?」
「おう。もう一回。」
「こう?」
「おう、できるじゃん。さっきの動作の後にこの動作でやってみろ。完璧だぞ。」
「簡単だね。」
ゆっくり教えた動作を俺に見せる。
「こうかな?」
「おう。完璧。毎日俺の挨拶はこれでいいぞ?」
「なんで?ところでこれって何のあいさつ?」
牧野が本を取ろうとした。
「愛してるってあいさつ。」
「なっ////」
真っ赤になった牧野に笑いそうになる。
「お前も、口で言えなくても手話なら大丈夫だろ?」
「どっちも無理っ」
バコッ
手話の本を俺に投げる牧野
「いってー」
「もうあんたとは一緒にやらないっ」
ソファから立ち上がる牧野の腕を引っ張り一緒に倒れ込む。
「キャッ」
包み込むように牧野を抱きしめた。
「苦しい道明寺っ」
それでも抱きしめておく。
「なぁ。」
俺の声にビクンとする牧野。
「しないしない。やらないからねっ。」
まだ何も言ってねぇのに断りやがって。
「おう、じゃあ、別なことやろうぜ。」
「別なことって何よっ」
そっと腕を緩め、腕を拘束して牧野を俺に向けさせる。
「手話やらねぇなら、暇だろ?」
「ひっ暇じゃない。コップも洗わないといけないし、お風呂も沸かしてないし。」
首をぶんぶん振る牧野に笑いそうになりながら、牧野を見つめ、ゆっくりと顔を近づけた。
眼を閉じない牧野にイラッとして鼻を食べてやった。
「ちょっ何すんのよっ」
「ったく、可愛くねぇバカ女。」
「悪かったわね、バカ男。」
「「ぷっ」」
二人で笑って触れるだけのキスをした。
牧野がもし耳が聞こえなくなったら、俺が牧野の耳になる
牧野がもし目が見えなくなったら、俺が牧野の目になる
手や足がなくなったら俺が、牧野の手や足になる
もし牧野が何かを失ったら俺が失ったモノを補ってやる。
牧野は俺の失った心を埋めてくれたから。
怒りと嫌悪感しかなかった俺が、人を愛する喜び、片思いの諦め、想いが通じた驚き、そして牧野を失う恐怖を感じた。
恋しい気持ちと愛おしい気持ち
牧野と出会って知った感情は牧野と共にこれからも俺の心を潤す。
牧野が愛してるって言わなくても、俺が何度でも囁く
手話で表す 文字
I L Y
I LOVE YOU の頭文字
俺が世界でたった一人にしか言わない言葉
『愛してる』
俺が優しく触れるだけのキスをして牧野を見つめれば、牧野の瞳が俺に愛してるって言っていた。
目は口程に物を言う。
言葉で言わなくても、手話で表現しなくても牧野の瞳はいつだって俺に愛してるって言ってくれていた。

I LOVE YOU
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